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エディに託された新時代。CELINE(セリーヌ)の歴史

ベーシックなシンプルファッションを基調にセレブ御用達ハイブランドとして人気のセリーヌ。2018年2月、新たなチーフデザイナーにエディ・スリマンが就任し、コレクションに送られる視線は一層熱いものになっています。創業から変革を繰り返し成長を遂げてきたセリーヌ。新任エディへの期待も込め、セリーヌ変化の歴史を振り返ります。

【セリーヌの現在】エディ・スリマンがチーフデザイナー就任

クラシカルかつ新しい女性のスタイルを提案

「イヴ・サンローラン」や「クリスチャンディオール」で実績を積んできた鬼才デザイナー、エディ・スリマン(Hedi Slimane)。セリーヌデビューは2018年9月に行われた「2019年春夏コレクション」でした。シャープでロックな世界観は新生セリーヌを強く印象づけましたが、前任のフィービー・ファイロが築きあげたミニマムなスタイルからは一変。失望したセリーヌファンも多く、ファッション誌ではネガティブな記事も目立つなど賛否両論でした。

それでも2019年3月の「秋冬コレクション」では新しい女性像を提案し好評を受けたエディ。ノスタルジーやエレガンスを融合したセンスに高評価が集まりました。ミニドレスが多かった前回とは違い、肌の露出も少ない知的なまとめ方は、どことなく1970年代のパリジャンのような雰囲気も会場に漂わせていました。

デビュー時と比べても、ファンや関係者のエディに対する見方もガラリと変わったよう。まだまだ引き出しがありそうなエディですし、メンズにも力を注ぎたい起用意図もありそうですから、今後の展開に注目です。

「CÉLINE」から「CELINE」へ

エディ・スリマンの就任後、ロゴの刷新はファッション関係者にも驚きを持って受け取られました。フランス語のアクセント符号がついた「É」から一般的な「E」として、文字間も詰まっています。しかし、刷新とはいってもこれは1960年代に作られたデザインのオマージュ。「前任者のデザインをマネするようなことはしない」とインタビューに答えているエディですが、「古きを知らば…」の姿勢もきっちりと持ち合わせ、新しいセリーヌの構築に取り組んでいるようです。

【創業初期】セリーヌのスタートは子供専用靴

創業は1945年。モカシンのヒットから婦人用展開へ

セリーヌのルーツは子供靴でした。1945年、セリーヌ・ヴィピアナ(Celine Vipiana)が夫とともにパリにオーダーメイドの皮革製子供靴専門店を立ち上げたのが始まりです。もともとは自分の子供たちのための靴づくりでしたが、優れたデザイン性はもちろん、人体への安全性も高かったため、パリの上流階級の間で大人気となります。婦人たちからは大人用の要望も高まっていき、1959年からは婦人靴販売にも乗り出しました。そこで支持されたのが婦人用モカシンの「インカ」。馬具の轡型の金具と組み合わた斬新なデザインで、セリーヌの評判はどんどん上昇していきます。

サルキーバッグが大ヒット。B.C.B.Gの代名詞に

1965年には香水とスカーフなどの小物、66年にはバッグと次々にアイテムを追加。そしてセリーヌのモチーフとなる馬車の柄とバックルでデザインされたサルキーバッグ(※)が大ヒットしました。67年にはプレタポルテ(高級既製服)に参入し、全身をコーディネートするトータルファッションブランドへと変貌。その成長の後押しとなったのが、パリコレの傾向の変化です。1950年代まではパリコレに出品されるのはオートクチュールが主流でしたが、1960年代からはプレタポルテコレクションが隆盛となりました。また、その頃はB.C.B.G(Bon Chic Bon Genre=ベーセーベージェ)と呼ばれるシックでカジュアルなファッションやライフスタイルがフランスで提唱されており、セリーヌはその代名詞的存在としてさらなる飛躍を続けます。

※2輪の馬車が連なったようなモノグラムデザインを採用したバッグ。

【創業中期】マイケル・コース起用が大当たり

LVMH傘下に移り経営難から脱出

しかし、時代は移り変わって、B.C.B.Gは衰退。高齢者のブランドというイメージが定着し、成長が難しくなったセリーヌは、さらなる変革を余儀なくされます。1987年、まだLVMH社を買収する前のフィナンシエール・アガッシュ社という企業グループにセリーヌは買収されました。そして1996年、LVMHグループの傘下に入ったセリーヌは1997年からチーフデザイナーにマイケル・コース(Michel Kors)を起用。これが大当たりとなり、ブランド力は一気に回復の方向へ進みます。

「ブギーバッグ」「パリ・マカダム」でブランド回復へ

マイケル・コースは機能的で実用性を重視したスポーティーなスタイルを提唱。2002年にはセリーヌの顔とも言える「ブギーバッグ」が登場します。そして2003年にはセリーヌを代表するシリーズの「パリ・マカダム」を発表。デニム素材でのバッグやキャスケットの展開で、品質、デザイン、そして実用性に優れたアイテムの数々は上流の高齢者だけではなく、都会のキャリアウーマンなど幅広い層に支持されていきました。マイケル・コースはその後、自身のブランドを立ち上げ現在も活躍中。多くのファンに支持されています。

マイケル・コースの退任後、セリーヌは再び、やや元気をなくした状態になりました。2005年から2シーズンはロベルト・メニケッティ(Roberto Menichetti)が、その後はイヴァナ・オマジック(Ivana Omazic)が2008年までデザイナーを務めましたが、どちらも短い期間で任期を終えます。しかし、この後、現在のセリーヌの地位を確固たるものとした救世主が登場しました。

【創業後期】さらなる高みへ。フィービー・ファイロの功績

「ラゲージバッグ」で世界のセレブを魅了

2008年、セリーヌはクロエで実績を積んだフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)をクリエイティブ・ディレクター兼取締役として招きます。シックでミニマムなスタイルは、創業者のセリーヌ・ヴィピアナの美学を引き継いだとの評価も。デビュー時のインタビューで「ただ、すべてきれいさっぱりにしたい」と答えているように、ベーシックながらもポイントをおさえたアイテムの数々で世界のセレブを魅了していきました。

そしてフィービー・ファイロといえば「ラゲージバッグ」の生みの親。スクエアフォルムのユニークなデザインは、カジュアルなファッションでも、エレガントなシーンでも、場面を問わず存在感を発揮するアイテムとして、女性たちの間で一大ブームを巻き起こしました。その他の「トラペーズ」「クラシック」「カバ」などの人気アイコンもフィービー・ファイロが手がけたものです。

「世界で最も影響力のある100人」に選出

新生セリーヌとしてブランドをトップクラスに押し上げる活躍を見せたフィービー・ファイロは、イギリス女王から大英帝国勲章の「オフィサー」を受賞しました。また同年タイム誌による「世界で最も影響力のある100人」にも選出されました。

退任時は多くのユーザーから惜しむ声が上がりました。エディ・スリマンのデビューの際にネガティブな評価が少なくなかったところにも、フィービー・ファイロの存在の大きさが現れています。また今後はフィービー・ファイロ時代のアイテムを巡り、中古市場が活発になることも予想されます。

【セリーヌの今後】進化へ追い風?日本版ECサイトがスタート

セリーヌは2019年5月15日に日本版のEC公式サイトをオープンさせました。ECサイトは2017年からヨーロッパとアメリカで限定展開していますが、今回の日本版はアジア地域としては初。セリーヌはこれまでフィービー・ファイロの意向もありデジタルを活用した通販には消極的だったようですが、新たなプロモーション戦略の展開も予感させます。新任のエディ・スリマンへの期待とともに、変わることを恐れずに多くの危機を乗り越えてきたセリーヌの動きには今後も目が離せません。

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